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京都地方裁判所 昭和63年(行ウ)1号 判決

原告 大島健一

被告 右京税務署長

代理人 本田晃

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が、原告に対し、昭和六一年三月七日付でした原告の昭和五七年ないし同五九年分の所得税更正処分(ただし、昭和五九年分は異議決定により一部取消後のもの)のうち、別紙1(課税の経緯)記載の右各年分の確定申告欄の総所得金額を超える部分及びこれに対する過小申告加算税の各賦課決定処分をいずれも取り消す。

第二事案の概要

一  請求の類型(訴訟物)

本件は、原告が、被告のした昭和五七年ないし昭和五九年分(以下、「本件係争各年分」という。)の各所得税更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分(以下、「本件各処分」という。)に調査手続上の違法及び総所得金額を過大に認定した違法があるとして、その取消を求めた抗告訴訟である。

二  前提事実(争いがない事実)

1  原告は、肩書地記載の京都市西京区山田六ノ坪町二―二(以下、「原告方」という。)において、「大島工芸」の屋号で「ろうけつ染加工業」を営む、いわゆる白色申告者である。

2  原告の本件係争各年分の所得税の確定申告、更正処分、異議申立て、異議決定、審査請求、裁決の経緯は、別紙1(課税の経緯)記載のとおりである。

三  原告の主張

1  調査の適法性について

被告は、次の違法な税務調査に基づき本件各処分をした。

(一) 調査理由の開示のない調査

税務調査は、具体的事情に鑑み客観的必要性のある納税者に対し、その個別具体的な調査理由を開示して行わねばならないのに、その調査理由の開示をせず調査を行った。

(二) 目的の違法

被告が他の調査対象者のところで臨場して調査をする際には、第三者の立会いを認めたのに対し、原告の調査を進める際には全く第三者の立会いを認めなかったのは、原告及びその妻清子(以下、「清子」という。)が民主商工会の役職を務めることから他の納税者と差別したものであり、商工会の弱体化を意図してなされた違法な調査である。

(三) 社会的妥当性を逸脱した調査方法

清子の実兄は、昭和六一年二月頃より死亡する同年三月二日まで入院し危篤状態であった。ところが、その間に四回、被告の部下職員(以下、「職員」という。)は原告方に臨場し、実兄の看護のために外出しようとしている清子を捕まえて調査に及ぼうとする等した。そして、清子が右趣旨を職員に伝えても、職員は調査に応じるように強要した。その後間もなく、被告は調査を一方的に打ち切った。

2  推計の必要性について

(一) 被告が行った原告の事業所得金額の推計は、前示違法な税務調査に基づくうえ、第三者の立会いを理由に原告に対する調査を全く行わず、調査を十分に尽くしたといえないから推計の必要性がない。

(二) なお、原告は、正当に第三者の立会いを求め、資料の提示をしていたにも係わらず、職員は、原告の面前での税務調査を拒否したものである。

3  推計の合理性について

(一) 原告と被告が抽出した同業者は(以下、「抽出業者」という。)とは、次のとおり業態に違いがあり所得率も大きく異なるから、同業者の平均値に吸収されない自己固有の営業形態等に係る特殊事情が存在する。

(1) 原告は、問屋から注文を受けた悉皆屋を通じて仕事を請負い、抽出業者は、直接に問屋から注文を受ける。

(2) 取扱製品は、原告は、加工着尺、加工羽尺等の廉売品を扱うが、抽出業者は、高級品を扱う。

(3) 原告は、取扱製品及び染作業の方式の違いから抽出業者に比べ多額の外注費及び雇人費を要する。

(二) また、本件抽出五業者は、その各所得率に大きな違いがあり、相互に類似性が欠け、その上、原告と抽出業者間にも所得率の違いは大きい。

したがって、右五業者から算出した平均所得率を根拠に推計することは合理的でない。

(三) 被告は、特別経費とみるべき外注費、雇人費を一般経費に含めて推計している。

(四) また、被告は、特別経費に建物減価償却費を計上しているが、その事業用割合を誤っている。被告が寮と主張する建物は工場であって、この部分の事業用割合は一〇〇パーセントとすべきである。

(五) 以上のとおり、推計の合理性がない。

4  実額反証(被告の推計の合理性の主張に対する反論)

原告の本件係争各年分の売上金額、仕入額、一般経費、特別経費及び事業所得の金額は、別紙2の1、2各欄の各係争年分の記載のとおりである。

四  被告の主張

1  調査の適法性について

(一) 質問検査権の範囲、程度、時期、方法等は、税務職員の合理的な選択に委ねられており、調査の事前通知、理由の告知等は、その要件ではない。

(二) 特に、原告は、本件各係争年分の所得税確定申告書(〈証拠略〉)に、所得金額と事業専従者控除額を記載するのみで、所得金額の算出根拠を明らかにしておらず、調査の必要性が認められた。

(三) また、本件税務調査が、違法な目的によるものでもないし、手段が社会通念上相当な限度を超えたものでもない。

(四) したがって、本件調査は適法である。

(五) なお、仮に本件調査に違法な点が認められるとしても、調査手続の適法性自体が課税要件になるものはないから、課税処分の効力には影響しない。

2  推計の必要性について

(一) 被告は、職員をして、原告の本件係争各年分の所得税調査に当たらせた。

職員は、昭和六〇年一一月一三日から同六一年二月二六日の間に、原告方に、臨場(九回)、架電(一回)をして、原告又はその妻に対し、帳簿書類の提示等税務調査に対する協力を求めた。しかしながら、原告らは、調査理由の開示を求め、第三者の立会いのない場所で帳簿書類を提示することを拒否するなどして税務調査に協力しなかった。

(二) このため、被告は、やむを得ず、原告の取引先等に対する反面調査を行い、推計により算定した金額に基づき本件各処分を行った。

(三) したがって、本件につき、推計の必要性が存在する。

3  推計の合理性について

(一) 同業者の抽出経緯

大阪国税局長は、被告に対し、本件係争各年分を通じて別紙3記載の全ての基準を満たす者を抽出するよう通達指示した。これに従い、右条件に従って被告が機械的に抽出した同業者は、別紙4記載のとおり五名であり、右同業者の、本件係争各年分における、売上金額、算出所得金額(売上金額から特別経費である建物減価償却費、利子割引料、地代家賃、貸倒金、税理士報酬、固定資産等の除去費以外の必要経費を控除した金額)、算出所得率(売上金額に占める算出所得金額の割合)は、別紙4の各欄記載のとおりであり、本件係争各年分の右同業者の右各算出所得率の平均値(以下、「本件算出所得率」という。)は、別紙4の平均欄記載のとおりである。

(二) 原告と抽出業者との業態等の違い

原告は、原告と抽出業者とは、業態等に違いがあり所得率も大きく異なるから、本件抽出業者の基礎数値を基に推計課税することは不合理であると主張する。

しかし、原告と抽出業者間及び各抽出業者間の営業状況に差があるのは当然のことであり、その個々の営業状態が、当該平均値による推計を全く不合理ならしめる程度に顕著でないかぎり、これを斟酌する理由はないし、推計が不合理であることにもならない。

本件では、原告の営業状態が同業者のそれと著しく異なるとは認められないから、被告の推計は合理的である。

(三) 事業所得金額の計算

(1) 売上金額

原告の売上金額は、昭和五七年分が、一五七〇万二四七二円、昭和五八年分が、一四二四万五四九四円、昭和五九年分が、一三七八万七六八〇円であり、明細は別紙5のとおりである。

(2) 算出所得金額

算出所得金額は、右売上金額に、本件算出所得率を乗じて算出した。

その金額は、別紙6の〈3〉算出所得金額欄記載のとおり、昭和五七年分が、八三一万九一六九円、昭和五八年分が、八〇三万〇一八四円、昭和五九年分が、八一〇万九九一三円である。

(3) 特別経費の額

イ 原告は、昭和四四年に居宅(木造瓦葺二階建)及び寮(鉄骨スレート葺平家建)を取得している。右取得資産のうち、事業用に使用している部分の減価償却費六万四三九九円が本件係争各年分の特別経費となる。

なお、右各資産の取得価格が不明であるので、同資産の昭和五七年分の固定資産税評価額(一九二万三五〇〇円)を取得価格とし、その六〇パーセントを事業用として算出した。

減価償却費の算出方法は、別紙7に記載のとおりである。

ロ 原告は、外注費及び雇人費は一般経費ではなく特別経費に該当すると主張するが、原告の営む加工業においては、右費用は売上と対応関係にあるから一般経費に計上すべきである。

(4) 事業専従者控除額

清子に係る事業専従者控除額であり。昭和五七年分及び昭和五八年分は四〇万円、昭和五九年分は四五万円である。

(5) 事業所得金額

本件係争各年分の原告の事業所得金額は、売上金額に平均算出所得率を乗じて計算した算出所得金額から、特別経費及び事業専従者控除額を控除したものであり、金額は、別紙6の〈6〉事業所得金額欄記載の昭和五七年分が、七八五万四七七〇円、昭和五八年分が、七五六万五七八五円、昭和五九年分が、七五九万五五一四円である。

4  原告の実額反証に対する反論

(一) 納税者が推計課税において認定された所得金額を実額の反証によって覆すためには、ある程度合理的に推測させるに足りる具体的事実を立証すれば足りるものではなく、納税者において主張する収入金額が納税者の全ての取引先の全取引金額であること、その収入と個別的に対応する経費が実際に支出され、当該事業と関連性を有すること、その主張の所得金額が真実の所得金額に合致することを合理的な疑いを容れない程度に立証しなければならない。

(二) 原告の実額反証は、次のとおり、ノート(〈証拠略〉、以下、「本件ノート」という。)、収入計算書(〈証拠略〉)、原始記録(〈証拠略〉)、証人等により行われているが、極めて不十分なものであって、これにより原告の所得金額を実学計算をすることは不可能である。

即ち、原告提出の本件ノートは、個々の出金、入金の度に記帳されていたと認められないし、売上については計上洩れ、経費については実際の支出金額と異なる記載がある等、規則性、網羅性、正確性が欠ける。

収支内訳書は、本件ノートを転記する等して記載しているに過ぎず、その記載の正確性を裏付ける証拠はない。

原始記録は、売上に関するものが全く提出されておらず、仕入及び経費に関するものも一部しか提出されていない。また、提出された原始記録の中には、事業との関連性が認められないもの、信憑性に乏しいもの等が数多く含まれており、証明力が低い。

このように、原告の実額反証は不十分なものであり、理由がないことが明らかである。

五  争点

1  調査手続の適法性

2  本件各処分における推計の必要性

3  本件各処分における推計の合理性

4  実額反証

第三争点の判断

一  調査手続の適法性について

所得税法二三四条一項は、税務署等の調査権限を有する職員において、諸般の具体的事情にかんがみ、客観的必要があると判断される場合に、質問し、検査を行う権限を認めた趣旨である。

この場合の質問検査の範囲、程度、時期、場所等の実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限のある税務職員の合理的な選択に委ねられている。また、実施の日時場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知は、質問検査を行ううえの法律上一律の要件とされているものではない(最決昭四八・七・一〇刑集二七巻七号一二一一頁、最判昭五八・七・一四訟務月報三〇巻一号一五一頁参照)。

そして、本件税務調査に際し、調査担当職員が客観的な調査理由を個別具体的に開示せず、第三者の立会いを容認しなかったことが、原告との利益衡量において調査担当職員の裁量権の濫用になるとか、本件税務調査がその必要なしに、違法な目的のために、或いは社会通念上相当でない方法で行われた違法があると評価すべき事情は、本件全証拠よっても認められない。

なお、原告は、原告方に臨場した職員が、危篤状態にある実兄の看護のために病院に出掛けようとする清子を捕まえて税務調査を強行しようとし、その度に清子が当日の調査を断ると、被告は、間もなく調査を打ち切ったもので、このような調査は社会的妥当性を逸脱していると主張する。

しかし、〈証拠略〉によると、昭和六一年二月二四日の調査の際に職員は清子の実兄が入院していることを知ったこと、清子が病院に出掛けることを知った職員は、調査を続行することを断念し原告方を引き上げたこと及び同月二六日にも職員は臨場したが、原告は第三者の同席を要求し、そのために職員は調査を断念した事実が認められ、右認定に反する〈証拠略〉は、たやすく信用できない。そして、右事実に右調査期日までに七回、職員が調査のために臨場していたこと(この点は、当事者に争いがない)を考え併わせると、一連の被告の調査手続に原告主張の違法があるとは認められない。

二  推計の必要性について

〈証拠略〉によれば、被告の主張2(一)の事実が認められる。

したがって、この点についての原告の主張は理由がなく、被告が原告の本件係争各年分の各所得税を算出するについて、推計課税を行う必要があったことが認められる。

三  推計の合理性について

1  同業者の抽出経緯

(一) 〈証拠略〉によれば、被告の主張3(一)の事実が認められる。

右同業者の選定基準は、業種の同一性、事業所の近接性、事業規模の近似性等の点で同業者の類似性を判別する要件として合理的なものである。その抽出作業について、被告あるいは大阪国税局長の恣意の介在する余地は認められず、かつ、右調査の結果の数値は青色申告書に基づいたもので、その申告が確定しており信頼性が高い。

したがって、右同業者の平均算出所得率である本件算出所得率を基礎に算出された原告の本件係争各年分の算出所得金額の推計(以下、「本件推計」という。)には、特段の事情のない限り合理性があるものということができる。

(二) 原告は、原告と抽出業者とは、業態に違いがあるから、同業者の平均値に吸収されない自己固有の営業形態等に係る特殊事情が存在すると主張する。

右(一)のとおり、本件においては、業種の同一性、営業規模の一応の類似性及び平均値算出過程の整合性等、推計の基礎的要件に欠けるところがないことが認められ、そうすると、原告と抽出業者の営業条件の相違は、被告主張のとおり、それが平均値による推計自体を不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、これを斟酌する必要はない。

そして、原告主張の固有の特殊事情は、本件推計自体を不合理ならしめる程度に顕著なものに該当する可能性はあるが、右特殊事情の存在は、納税者が、その具体的な根拠を示して立証しなければならない。

本件において、ろうけつ染加工製品の種類、取引先、工程の違いによって著しい利益率の差異があるという原告の主張に沿う原告本人尋問の結果は、的確な裏付け証拠もなく、又、原告及び抽出業者の営業形態等についての供述は曖昧な部分が多く、たやすく信用できないし、具体的客観的根拠も示されていない。そして、他にこれを認めるに足る証拠はない。

したがって、本件においては、著しく利益率に影響を及ぼす平均値の中に吸収されない自己固有の特殊事情が立証されたとは認められず、原告の右主張は採用できない。

(三) また、原告は、本件抽出五業者は、その各所得率に大きな違いがあり、相互に類似性が欠け、その上、原告と各抽出業者間にも所得率の違いは大きいと主張する。

確かに、算出所得率には抽出業者間で、数値の偏差が認められる。けれども、所得の実額が把握できない場合に同業者の平均値によってこれを推計するという推計課税の趣旨からいって、抽出業者間の数値には平均値によって吸収される偏差が存するのは当然である。そして、本件推計は別紙3記載の基準で合理的に同業者を抽出しており、同業者間の類似性が担保されていることを考え併せれば、本件の偏差は平均値によって吸収されたとしても不合理というほどでない。

したがって、原告の右主張は認められない。

なお、原告自身と各抽出業者との間にも所得率や売上金額に対する人件費(雇人費、外注費)比率に差異があるが、原告は、このことを理由に、本件推計が不合理なものである旨主張する。しかし、そもそも原告の売上金額、雇人費、外注費、事業者所得が実額で捕捉できないから、本件推計が行われたのであるし、原告主張の原告の所得率、人権費率は、その前提である売上金額、雇人費、外注費、事業者所得が後記四のとおり実額で立証されていない以上、信用できないから、これを採用することができない。

2  推計による事業所得金額の計算

(一) 売上金額及び算出所得金額

昭和五七年分については、別紙5の番号4、5、11、15、16、20、同五八年分については、同番号4、9、16、21、同五九年分については、同番号4、6、8、9、10、11、13、14、15、の各取引先に対する売上金額は争いがなく〈証拠略〉によれば、別紙5の、本件係争各年分のその余の各取引先に対する売上金額が認められ、右の各事実及び右1(一)認定の事実によれば、原告の本件係争各年分の売上金額、算出所得金額は、被告の主張3(三)(1)、(2)のとおりであり、別紙6の〈1〉売上金額欄、〈3〉算出所得金額欄記載の額と同額である。

(二) 特別経費の額

(1) 被告は、原告が居宅(木造瓦葺二階建)及び寮(鉄骨スレート葺平屋建)を所有し、両建物全体の事業用割合は六〇パーセントであると主張し、原告は、被告が寮と主張する建物は工場であるとし、工場の事業用割合は一〇〇パーセントと主張する(なお、建物の減価償却費について、建物の取得価格、耐用年数、償却率及び減価償却費を算出する計算方法は、原告が被告の主張を明らかに争わないため当事者間に争いがないものとする。)。

そこで、検討するに、〈証拠略〉によれば、原告所有不動産は、登記簿によると居宅及び寮と記載されているが、現在は居宅及び作業場(寮(工場))(以下、「作業場」という。)として利用されていること、居宅は木造瓦葺二階建であり、作業場は鉄骨造スレート葺平屋建であること、床面積は、居宅は九三・〇一平方メートル、作業場は七七・八四平方メートルであること、作業場の固定資産税の評価額は居宅の評価の中に含まれていて独自に評価されていないこと、居宅のうち、二階の五室のうちの三室が寝室に利用され、残りの一階及び二階の各室は、居間等の家族用に利用されたり、事務所、反物置場等に利用されていたこと、原告は、居宅の原価償却費を事業所得の経費として計上していない事実が認められる。

右の事実を総合すると、右居宅及び作業場の全体の事業用割合は六〇パーセント以下であると認めるのが相当である。そうすると、被告が六〇パーセントとして算定したことは、原告に有利にこそなれ不利益にはならないから右判断を不当とする理由はない。

したがって、係争各年分の右居宅及び作業場の原価償却費の金額は、被告主張のとおり次式により係争各年分六万四三九九円である(別紙7)。

1,923,500円×0.6×(1-0.1)×0.062=64,399円

(2) 原告は、外注費及び雇人費を一般経費に含めるべきでないと主張する。

しかし、原告の営む、ろうけつ染加工業の場合、〈証拠略〉によれば、その製作工程は人手に頼ることが多いと認められることから、外注費及び雇人費といった労働力の投下費用は、製品の原価費用を構成し、売上と密接な関係を有するものと判断するのが相当である。

なお、労働力を調達する方法等(例えば、雇人にろうけつ染加工の熟達者を採用するか未経験者を採用するか、外注の多寡等)が事業主ごとに違いがあるとしても、それは同業者の間に通常存する程度の営業形態の差異にすぎない。

したがって、右費用が事業主の個別的事情に左右される特別経費とは認めがたく、原告の右主張は採用できない。

(三) 事業専従者控除額

当事者間に争いがなく、昭和五七年分及び昭和五八年分は四〇万円、昭和五九年分は四五万円である。

(四) 事業所得金額

以上によれば、本件係争各年分の原告の事業所得金額は、右(一)の算出所得金額から、右(二)の特別経費及び(三)の事業専従者控除額を控除した額であり、その金額は被告の主張のとおり昭和五七年分が、七八五万四七七〇円、昭和五八年分が、七五六万五七八五円、昭和五九年分が、七五九万五五一四円となる(別紙6)。

四  原告の実額反証

1  実額反証の検討

原告は、その主張4において、本件係争各年分につき売上金額、仕入額、一般経費、特別経費、事業所得金額の実額の主張をする。以下、これについて検討する。

そもそも、所得実額の主張をもって右三2認定の被告の推計を争うためには、売上及び経費の双方について洩れのない全ての実額を主張立証して、正確な洩れのない所得の実額を証明する必要がある。即ち、前記二認定説示のとおり推計の必要性が認められる以上、原告が所得の実額を主張して課税庁のした推計の合理性を否定するには、その主張する収入金額が全ての取引先からの全ての取引についての捕捉洩れのない総収入金額であり、かつ、その収入と対応する必要経費が実際に支出され、当該事業と関連性を有することを合理的な疑いを容れない程度にまで主張、立証しなければならない。

2  本件係争各年分の総売上額(総収入金額)の検討

(一) 原告は、右1説示の実額反証の趣旨から、総売上額を主張、立証するために、係争年度における個々の取引につき、個別的継続的に記録した正確な一切の帳簿書類を提出し、これにより原告主張の総売上額を立証しなければならない。

ところで、原告は、本件係争各年分の総売上金額を別表2の1の売上金額合計欄記載のとおりであると主張し、それを裏付けるための右帳簿書類として本件ノート〈証拠略〉を提出している。そこで、原告主張の総売上金額が本件ノートによって認定できのか検討する。

(1) 〈証拠略〉によれば、次の各事実を認めることができる。

イ 本件ノートは、清子が主に記帳しているが、その記帳の仕方は、同人が、月単位で一度にまとめて記帳するというものであり、取引の度に記帳しているわけではない。

なお、原告の集金及び支払日は毎月五日であるところ、原告及び清子は、同日は集金及び支払に追われて多忙で、同日に本件ノートを記帳することはなかった。

ロ 本件ノートには、弥栄工芸に対する昭和五七年八月分の売上及び昭和五八年度における藤永新一郎に対する売上についての計上洩れがある(原告は、同売上記載洩れは、事情があってのことで止む得ないと主張するが、同決済は小切手で行われており、清子は、容易に入金の事実を把握できたはずであって、格別、本件ノートにその旨を記載することについて障害があったとは認められない。)。

ハ 外注先からの納品書には、当該製品についての原告の売上先を表す「(小林)」等の記載(〈証拠略〉)が認められるが、本件ノートには、同売上先についての取引の記載がない。

ニ 株式会社狩野染工に対する売上については、本件ノートに、売上金額のうちの小切手決済分についてのみ記載があり、その余の売上金額の支払の処理(値引及び会費等の債務と相殺、売掛金)については記載がない。その会計処理の方法については明らかでない。

ホ 司染匠こと柴田忠司に対する昭和五七年二月分の売上として、小切手により一六万九五〇〇円が決済されているが、本件ノートには、同月分の売上金として一二万四〇〇〇円の記載があるに過ぎない。

また、昭和五八年一二月分の売上は、その一部を同月の売上として計上せず、本件ノートでは「来年回し」として売掛金の処理をしているが、翌年分の本件ノートに同売掛金の決済に関する記載はない。

ヘ 有限会社ゆうりんに対する売上については、本件ノートに、売上金額のうちの、殆ど小切手決済分に該当する分についての記載があるだけで、その余の売上金額の支払の処理(売掛相殺、歩引、値引等)については記載がない。特に売掛相殺の算定根拠は不明である。

ト 原告は、売上に関する原始記録(領収書控、請求書控、通帳等)について一切これを書証として提出していない。

チ 原告は、原告本人尋問の際、売上決済は全て小切手で行っている旨供述しているが、本件係争年度中に、原告が現金取引及び現金決済を行っていた事実が認められる。

リ 原告は、被告が把握し得て推計課税の計算の根拠とする取引先のみに対する売上を主張し、被告が算定した収入金額とほぼ同様の収入金額を実額として主張している。

(2) 右イないしリの各事実によると、本件ノート作成の前提となる原始記録の存在は認められず、本件ノートには、原告売上の計上洩れが散見され、清子又は原告が本件ノートに日々の取引をその都度、正確に記載していたことも認定できない。

そうすると、本件ノートは、正式な金銭出納簿に準ずるものではないし、原告は、これにより原告主張の売上金額が全ての取引先からの全ての取引についての補足洩れのない総収入金額であることを合理的な疑いを容れない程度にまで立証できていないといわざるを得ない。そして、他に、原告主張の総収入金額を実額で認めるに足りる的確な証拠はない。

したがって、原告主張の売上金額が実額による総収入金額であるとは認められない。

3  本件係争各年分の必要経費の検討

ところで、右の場合、原告が実額によって総収入金額を明らかにすることができない以上、原告主張の実額による経費については、その余の判断を加えるまでもなく、その主張は理由がないというべきである。けだし、実額による事業所得の金額は、右総収入金額から必要経費を控除して算出するものであるし、原告は、総収入金額と総支出額との個別対応の関係を立証しなければならないからである。

したがって、原告の実額反証は、失当というべきである。

ちなみに、原告は、原始記録(〈証拠略〉)を提出して仕入及び経費の証拠としているが、これらの原始記録は、仕入及び経費の原始記録の一部に過ぎないし、提出された書類も、事業との関連性が認められないもの、信憑性に乏しいもの等が数多く含まれており、これに〈証拠略〉を加えても、原告主張の総売上金額に対応する全必要経費が立証できたとは認められない。

第四結論

以上のとおり、被告の推計には必要性、合理性が認められ、かつ、原告の実額反証には理由がない。そして、本件各処分は、前認定第三三3(四)の各事業所得金額の範囲内のものであって。いずれも適法であり、これに違法な点はない。

よって、原告の本件各請求は理由がないからいずれも棄却する。

(裁判官 松尾政行 中村隆次 遠藤浩太郎)

別紙〈略〉

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